ウッドデッキの中川木材産業

ウッドデッキの中川木材産業 創業105年 ウッドデッキを日本で最初に作った木製エクステリアのメーカ

デッキ施工担当者のインスタがうまく説明しています。今回のご紹介するのはウッドデッキの段差の話です。「段差は、なくせばいい。  そう考えていませんか?」というのがテーマで6枚のスライドが自動的に開くようになっています。以下その内容です。今回の...
13/07/2026

デッキ施工担当者のインスタがうまく説明しています。
今回のご紹介するのはウッドデッキの段差の話です。
「段差は、なくせばいい。
  そう考えていませんか?」
というのがテーマで6枚のスライドが自動的に開くようになっています。

以下その内容です。
今回の現場は、ダイニング前と和室前で床の高さが違いました。

最初は高さを揃え、小さなステップを設ける案でした。

でも、中間部分は通路としてしか使わない場所。

それなら、小さな段差を残すより、思い切って一段下げた方が安全で使いやすいと考えました。

そのまま庭へ降りられ、板の向きも90°変えることで、空間の切り替わりも自然に感じられます。

段差をなくすことだけが正解ではありません。

その場所で、どう使うのか。

そこから考えることが、設計だと思っています。

木材会社の広告 つづきこんなこともあるのですね。当社の広告を見つけました。昭和33年発行の『林業興信録』に掲載されていたものです。ところが、少し変です。社名が間違っています。当時の社名は「中川材木店」ではなく、「中川木材店」でした。林業興信...
07/07/2026

木材会社の広告 つづき

こんなこともあるのですね。当社の広告を見つけました。昭和33年発行の『林業興信録』に掲載されていたものです。

ところが、少し変です。社名が間違っています。当時の社名は「中川材木店」ではなく、「中川木材店」でした。

林業興信所さん側の誤りだと思うのですが、当時は広告主の原稿チェックがなかったのでしょうか。1ページの全面広告ですから費用も結構かかったハズ。

その後、どのように対応したのかは、今となっては分かりません。当時を知る社員も、もう誰もいません。

古い広告には、こうした思いがけない発見もあります。

これまで会社の歴史を何度かご紹介してきましたが、今回は当社の昔の広告をご紹介します。当社はこれまで一般雑誌や地域情報誌、ムック本などに何度も広告を掲載してきました。しかし、広告費と効果のバランスを考えると、なかなか難しい面もあり、現在は主に...
01/07/2026

これまで会社の歴史を何度かご紹介してきましたが、今回は当社の昔の広告をご紹介します。

当社はこれまで一般雑誌や地域情報誌、ムック本などに何度も広告を掲載してきました。しかし、広告費と効果のバランスを考えると、なかなか難しい面もあり、現在は主にインターネットを通じて自社で情報発信を行っています。

さて、この写真は『大阪木材仲買業者銘鑑』(1963年・昭和38年)に掲載されていた広告です。この広告の存在は今回初めて知りました。社内にも記録がなく、出稿していたことを知る者もいませんでした。

創業以来の杭丸太を中心とした事業から、当社の取扱商品は時代とともに広がってきました。当時は丸太などの土木仮設材を、仲買組合員の皆様へ卸販売していたものと思われます。

また、右ページに掲載されている三和銀行(現・三菱UFJ銀行)の広告も、当時ならではのデザインで興味深く、時代の雰囲気を感じさせてくれます。

昭和20年代の頃、当社が大阪市西区西長掘通にあったころの写真です。白黒フィルムをカラー化しました。木造の「機帆船」で和歌山から運ばれてきた木材を西長通の当社木場に運んでいます。伝票と突き合わせる女性事務員。場所は、この川は現在の長掘通になり...
24/06/2026

昭和20年代の頃、当社が大阪市西区西長掘通にあったころの写真です。白黒フィルムをカラー化しました。
木造の「機帆船」で和歌山から運ばれてきた木材を西長通の当社木場に運んでいます。伝票と突き合わせる女性事務員。
場所は、この川は現在の長掘通になります。市電が通っていますが、そのあたりに大阪市西消防署(のちに移転)がありました。
この時は川はまだそれほど汚れていません。写真左はすくに宇和島橋がありました。右手数百メートルで四ツ橋です。
事務員の服装、市電の形、木造船などから時代

過日ご紹介した写真と同じ1960年代のものです。場所は大阪市大正区今木町の貯木場です。水面に浮かんでいるのは、米国から輸入した尺角材です。製品となった木材でありながら、この時代は貯木場の水面で保管していたことに、今あらためて驚かされます。ま...
15/06/2026

過日ご紹介した写真と同じ1960年代のものです。場所は大阪市大正区今木町の貯木場です。

水面に浮かんでいるのは、米国から輸入した尺角材です。製品となった木材でありながら、この時代は貯木場の水面で保管していたことに、今あらためて驚かされます。

また、トラックに積まれている21メートルの丸太は、荷台から大きくはみ出しています。当時の道路事情を考えると、運転する人はどれほど大変だったのでしょうか。

現在では考えられないような光景ですが、当時の木材産業を支えていた、貴重な記録の一枚です。元写真は白黒でカラー化しました。

現在ではウッドデッキ施工のパイオニアと呼ばれる当社ですが、昭和時代にはまったく別の仕事をしていました。今日は当社の大阪店設立後のまもない頃のお話です。先代・中川藤図の時代は、オリンピックや万博をはじめ、戦後復興から高度経済成長へ向かう発展期...
08/06/2026

現在ではウッドデッキ施工のパイオニアと呼ばれる当社ですが、昭和時代にはまったく別の仕事をしていました。今日は当社の大阪店設立後のまもない頃のお話です。

先代・中川藤図の時代は、オリンピックや万博をはじめ、戦後復興から高度経済成長へ向かう発展期にあたり、公共工事や土木工事が数多く行われていました。

当時の事業所は大阪市大正区にありました。杭丸太を扱う事業だったため、水面が必要だったからです。尻無川の支流に面した貯木場で、丸太を大量に保管していました。

昭和29年には、大阪市港湾局の入札で松杭40尺8寸(長さ約12メートル、直径約24センチ)500本を納入し、業界を驚かせました。当時の記録には、大阪の大手木材会社の関係者が役所に対して、

「中川が納材できたら、心斎橋を逆立ちして歩いてやる」

と言いふらしていた、と残されています。

しかし当社は見事に納材を完了しました。その後も杭丸太専門業者として成長を続け、昭和50年頃まで業界内で揺るぎない地位を築きました。

写真は、杭丸太が全盛だった頃のものです。

中川木材産業は6月1日から新年度を迎えました。木材業としての創業は明治44年(1911年)。株式会社としては第67期のスタートとなります。現代表の中川勝弘が社長に就任したのは昭和63年(1988年)で、今年で39年目になります。また、和歌山...
02/06/2026

中川木材産業は6月1日から新年度を迎えました。

木材業としての創業は明治44年(1911年)。株式会社としては第67期のスタートとなります。

現代表の中川勝弘が社長に就任したのは昭和63年(1988年)で、今年で39年目になります。また、和歌山県御坊市の林業を営んでいた中川家(本家)から独立して以来、当社は3代目を迎えています。

新年度にあたり、これから改めて当社の歩みや事業内容、取扱商品、そして会社の理念などをご紹介してまいります。どうぞよろしくお願いいたします。

写真は昭和初期のものです。木材を運んでいた機帆船で、旗や船体には当社のマークが誇らしげに掲げられています。先人たちの努力の積み重ねが、現在の中川木材産業へとつながっています。

当社の施工責任者が、インスタグラムでウッドデッキやウッドフェンスの施工、メンテナンス、経年変化などについて、現場での経験談を発信しています。というのも、当社は日本でも早い時期からウッドデッキや木製エクステリアの設計・施工に携わってきました。...
25/05/2026

当社の施工責任者が、インスタグラムでウッドデッキやウッドフェンスの施工、メンテナンス、経年変化などについて、現場での経験談を発信しています。

というのも、当社は日本でも早い時期からウッドデッキや木製エクステリアの設計・施工に携わってきました。そのため、施工時の問題点だけでなく、「10年後、20年後に実際どうなったか」まで、自分たちの目で見て、肌で感じながら仕事を続けてきています。

施工対象も、住宅の小さな縁台やベンチデッキから、テーマパークや公共施設の大規模ウッドデッキまでさまざまです。

使用する材料も、人工木材から天然木材、国産のスギ・ヒノキから、イペ、ウリンなどのハードウッドまで幅広く対応してきました。

また、お客様も個人住宅だけではありません。設計事務所、工務店、ゼネコン、企業、役所、自治体など、多くの方々と仕事をさせていただいています。

長年現場を見続けてきたからこそ、「最初はきれいでも、年月が経つとどうなるか」という現実を知っています。

今回の6コマのショート動画では、実は今でも非常に多い“塗料選びの失敗例”について紹介していました。

連休中ではありますが、当社のネット担当は連日出勤しています。ホームページは日々の追加や修正が欠かせないためです。昨日は「木の情報発信基地」のデザインカテゴリーにある樹木イラストの一覧ページを整理しました。これまで5種類だったシリーズに、日本...
05/05/2026

連休中ではありますが、当社のネット担当は連日出勤しています。
ホームページは日々の追加や修正が欠かせないためです。

昨日は「木の情報発信基地」のデザインカテゴリーにある樹木イラストの一覧ページを整理しました。これまで5種類だったシリーズに、日本の樹木100種を新たに追加し、全6シリーズとして再構築しています。

これらのイラストは無料でご利用いただく事も可能です、ご興味のある方はぜひご覧ください。

ネットビジネスを始めて、もう30年近くになります。その間に、業界や販売の形も大きく変わりました。以前のように大きな工事案件をネットから次々に受注する時代ではなくなり、一時は数千万円規模の工事が続いたことも、今では夢のように感じます。現在は、...
30/04/2026

ネットビジネスを始めて、もう30年近くになります。その間に、業界や販売の形も大きく変わりました。

以前のように大きな工事案件をネットから次々に受注する時代ではなくなり、一時は数千万円規模の工事が続いたことも、今では夢のように感じます。現在は、千円単位の商品を4つのショップで数多く販売するスタイルが中心です。

商品面でも変化があります。ウッドデッキやウッドフェンスは、人工木材の普及や大手エクステリア業者の参入により、以前ほどの売上ではなくなりました。その一方で、木製キャンバーや中古足場板( https://wood.co.jp/0-products/5-chukoashiba/  )といった、少し個性的な商品群が支持を集めています。

一昨年から始めたアマゾンでは、返品がしやすい仕組みのため、中古足場板のような商品は特に注意が必要です。楽天や自社オンラインショップでは比較的安定していますが、アマゾンでは「思っていた古材のイメージと違う」と感じられると、すぐ返品につながることもあります。

ネットショップは、何年続けていても試行錯誤の連続です。時代やお客様の変化に合わせながら、日々工夫を重ねています。

住所

美原区木材通1-11-13
Sakai-shi, Osaka
587-0042

営業時間

月曜日 09:00 - 17:00
火曜日 09:00 - 17:00
水曜日 09:00 - 17:00
木曜日 09:00 - 17:00
金曜日 09:00 - 17:00

電話番号

072-361-5501

ウェブサイト

アラート

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